寺田寅彦
底本:「寺田寅彦全集 第六巻」岩波書店
1997(平成9)年5月6日発行
入力:Nana ohbe
校正:浅原庸子
寺田寅彦
「ついでながら近頃やっと試験的に学校で行われ出した教授の手段で、もっと拡張を奨励したいのがある。それは教育用の活動フィルムである。活動写真の勝利の進軍は教育の縄張りにも踏み込んでくる。そしてそこで始めて、多数の公開観覧所が卑猥(ひわい)なものやあくどい際物(きわもの)で堕落し切っているのに対して、道徳的なものをもって対抗させる機会を得るだろう。教授用フィルムに簡単な幻燈でも併用すれば、従来はただ言葉の記載で長たらしくやっている地理学などの教授は、世界漫遊の生きた体験にも似た活気をもって充たされるだろう。そして地図上のただの線でも、そこの実景を眼(ま)の当りに経験すれば、それまでとはまるで違ったものに見えて来る。また特にフィルムの繰り出し方を早めあるいは緩めて見せる事によって色々の知識を授ける事が出来る。例えば植物の生長の模様、動物の心臓の鼓動、昆虫の羽の運動の仕方などがそうである。それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工業経営の状況をフィルムで紹介する事である。動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画はどうして作られるか、発電所、ガラス工場、ガス製造所にはどんなものがあるか。こんな事はわずかの時間で印象深く観せる事が出来る。更に自然科学の方面で、普通の学校などでは到底やって見せられないような困難な実験でも、フィルムならば容易に、しかも実際と同じくらい明瞭に示すことが出来る。要するに教育事業を救うの道はただ一語で「もっと眼に浮ぶようにする」(die erh※(ダイエレシス付きO小文字)hte Anschaulichkeit)という事である。出来る限りは知識(Erlernen)が体験が(Erleben)にならねばならない。この根本方針は未来の学校改革に徹底させるべきものである。」
大学あたりの高等教育についてはあまり立入った話はしなかったそうである。しかしアインシュタインは就学の自由を極端まで主張する方で、聴講資格のせせこましい制定を撤廃したいという意見らしい。演習なり実習なりである講義を理解する下地の出来たものは自由に入れてやって、普通学の素養などは強要しない。ことに彼の経験では有為な徹底的な人間は往々一方に偏する傾向があるというのである。従って中等学校では生徒がある特殊な専門に入るだけの素養が出来次第その学科に対するだけの免状をやる事にすればいい。前に中学卒業試験全廃を唱えたのは、つまりこうして高等教育の関門を打破する意味と思われる。尤(もっと)も彼も全然あらゆる能力験定をやめるというのではない。医科学生になるための予備試験などは止めた方がいいが、しかし将来教師になろうという人で、見込のないようなのは早く験出してやめさせる方がいいと云っている。これは生徒に寛で教師に厳な彼としてさもあるべきことだと著者が評している。